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2019.04.14

演奏が荒れる、崩れる

 私がピアノ学習者の方々からよく受ける相談の一つに

「演奏が荒れる、崩れていく」というのがあります。

しっかりと弾けるようになって、練習を続けていくと、演奏が荒れ曲が崩れていく・・・

実は私自身も学生時代に同様の経験がありました。

譜読みが一通り終わり暗譜のために練習を続けていくと

弾けていた技巧的な個所を間違えるようになったり、何でもないようなところでミスをしたりと

演奏が崩れていきました。

今思うとがむしゃらに練習するあまり、指を動かすことに夢中になり

一度は頭で理解していた音の並びや、曲の構成等が抜けていったのではないかと考えています。

常に指だけでなく、頭を使い耳で音をしっかりと聞き曲を理解する。

解決策はこれしかないと思っています。

そのためにも自分の音をしっかりと聞き、片手ずつ、ゆっくり弾くといった練習は

一通り弾けるようになっても続けるべきだと思っています。

2019.01.27

明けましておめでとうございます。

 だいぶ遅くなりましたが・・・明けましておめでとうございます。

昨年は多くの方々に大変お世話になりました。

ピアノ教室を順調に続けられているのも日ごろ支えて下さる、皆様のおかげです。

特に教室に通ってくださる生徒と保護者の皆様方には心より感謝しております。

今年もよろしくお願いします。

さて私のソロリサイタルまであと2週間となりました・・・

リサイタルに向けて練習をしていると、曲に関して悩んだり考えたりすることがあります。

そんな時は昔お世話になった先生方がおっしゃった事を思い出したり、

先生方の動画をyoutubeで観賞したりして答えを探します。

私自身本当にに素晴らしい先生方に支持することができたと、リサイタルを前にして強く感じます。

素晴らしい先生方から受けた教えを、生徒の皆さんにはレッスンを通してお伝えできたらと

思っております。

先生方の動画をいくつか載せます

https://www.youtube.com/watch?v=re1BV_I5gtk

https://www.youtube.com/watch?v=PiUTwcZoHcY

2018.12.10

極端な考えや発言

 私が日々気をつけ心がけていることの一つに、極端な考えを持ったり発言したりするのを

避ける、というのがあります。

私が学生時代の事でした。

パリ市立音楽院のジャン=マリー・コテ先生のクラスに在籍していた頃

レッスンでは地道なリズム練習に数多く取り組みました。

例えばショパンのエチュードop10-1、これを何十ものリズムで練習させられました。

リズム練習のおかげでこの難曲のエチュードを何とか弾けるようになりました。

レッスンの間黙々とリズム練習をする私に付き合って下さった、コテ先生には心から感謝しております。

しかしある講習会のマスタークラスでの最中に、とある高名なピアニストが

リズム練習は意味がないという趣旨の発言をされました。

その方はピアニストとしても教育者としても世界的な方だったので、私は

そうなのか、ふむふむとその場で一応は納得はしました。

しかしこのピアニストの発言は、具体的な根拠を一切欠くものでした。

また、私がエコールノルマル音楽院でジャック・ラギャルド先生のクラスに在籍にして

いた頃、先生の勧めでタウジヒとブラームスの練習曲集に取り組んでいました。

この練習曲集のおかげで、私の指と手は見違えるほどに変わりました。

しかし私が当時個人的に師事していたデイヴィッド・ライヴリー先生でのレッスンの際の事でした。

先生の到着が遅かったので、私はレッスン室でブラームスの練習曲を指ならしに弾いていたところ

先生が入室されて私を見るなり「そんなのはやるだけ無駄だ」という趣旨の発言をされました。

さすがに納得のいかない私は理由を問いました。

すると先生は機械的で無味乾燥な練習曲は音楽性の発達の妨げになる、という趣旨の事を

述べられました。

当時の私には非常に腑に落ちなかったこれらの発言ですが、今ではこのように解釈しております。

件の高名なピアニストも、ライヴリー先生も非常に天才的な方です。

もちろんお二人ともピアノの学習上、多くの苦労をしてきたとは思いますが。

持って生まれた技術的な才能は私たちの比ではないと思います。

そういったリズム練習や機械的な練習曲集に頼る事なくテクニックを手に入れた

方々から見ると確かに無味乾燥で、音楽性の妨げになるかもしれません。

しかし一般のピアノ学習者にとってはこれらは非常に大切なもので

特に私は非常に多くの恩恵に預かりました。

残念ながら高名なピアニストの方々はこのように極端な事を言う方が非常に多いです。

そしてこの極端な言葉に惑わされるピアノ学習者というのも非常に多いです・・・

パリ音楽院のテオドール・パラスキヴェスコ先生が「巷に存在するピアニストによる

テクニックに関する本に書いてある練習方を全て試したら手が壊れる。」と

おしゃっていましたが、これは言い得て妙だと思います。

結局のところ一般のピアノ学習者は巷に存在する練習曲集に地道に取り組み

自分に合ったものを取捨選択しながら長い年月をかけて勉強をするのが、

素晴らしいテクニックを身につけるための近道だと確信しています。

私自身も生徒たちに極端な発言をして惑わせることがないように気をつけたいと日々思っています。

2018.12.08

私が危惧している事

 今私が非常に危惧している事があります。

最近の子どもたちの読書量の少なさとスマホ利用の多さに関してです。

最近子どもたちのレッスン中にふと気付いたことがありました。

ある子はスラスラと譜読みが出来るのに、ある子は譜読みに非常に苦労し

読めたとしてもすぐに疲れて投げ出そうとする。

この事に関して子どもたちと保護者の方々の双方にヒアリングをしたところ

なんと恐ろしい事実が浮かび上がってきました。

譜読みが得意な子どもは日頃から読書の習慣がありスマホに触れる機会が少なく、

反対に譜読みが苦手で集中力が続かない子どもは、全くと言っていいほど読書の習慣がなく

スマホに触れる機会が多いという事です。

私が思うに最近の子どもたちは目の機能の意味での視野が非常に狭くなっており

根本的な目の機能自体も非常に低下しているのではないでしょうか?

本を読むという行為は能動的に文字を読み、上から下へ、あるいは右から左へ

忙しく目を動かす必要があります。

しかしスマホで動画を見たりする際は当然画面の中が動くので目をあまり動かす必要がありません。

本を読む際は意識して本の内容を理解する事に努めますが、スマホで動画を見る際は

文字通り情報が垂れ流され耳や目に自然と入っていきます。

この違いは確実に人間形成にも大きな影響を及ぼすと思っております。

すでに教育界ではスマホが与える害について大きく知れ渡っており、

例えば有名大学の付属中学、高校ではスマホの使用が全面禁止、というところもあります。

もっともそのような進学校に通う子どもは勉強を頑張ったから合格したので

いわゆるスマホ中毒と呼ばれるまでスマホを利用する事もなかったと思います。

様々な性格の子どもたちがいるので、皆が皆スマホを手にしたからといって

スマホ中毒になることもないと思います。

スマホ中毒になって日がなゲームや動画の視聴に明け暮れる子もいれば

見向きもせず勉強やスポーツに打ち込む子どもも多くいると思います。

だとしたらスマホというのは現代において子どもたちの性格を見分ける試金石のような

ものになってるのではないでしょうか?

前回のブログでも触れましたが昨今の人工知能の発達は凄まじいものがあり

今後多くの職業が人工知能に取って代わると言われております。

すでに人工知能はいわゆるMARCHレベルの大学には合格できる、という研究結果も出ているそうです。

もしこれが事実だとしたら非常に失礼で言い方は悪いのですが、MARCHより下の大学の方は

人工知能よりも劣っているという見方もできなくはないと思います。

私は近い将来スマホに見向きもせずに勉強を頑張った人が人工知能を管理し

人工知能がいわゆるスマホ中毒の素質を持った人を管理し、そして彼らが人工知能の管理下で

単純労働に従事する、そんな未来が来ると確信しています。

幸いな事に創造的な分野では人工知能の発達はまだ進んでおらず

少なくとも私たちの目の黒い内はそういった職業が人工知能に取って代わるという可能性は

低いそうです。

創造的な分野だけでなく、子どもたちが豊かな人間性を持って成長する上で

ピアノが果たす役割は非常に大きいと私は確信しております。

ただ単にピアノを教えるだけでなく、子どもたちがスマホに依存せずに読書等の

習慣を身につけられるお手伝いをレッスンを通してできたらと思っております。

2018.12.05

無くなる仕事

 先日知人の自動車修理の会社をされている方からこんなお話を聞きました。

「最近の車に取り付けられている自動ブレーキの性能が良くて、事故が非常に減っている。」

自動ブレーキの性能は私たちの想像を遥かに超えていて、人間がボーっとしていても

コンピューターが判断してくれてブレーキを踏んでくれるそうです。

事故が減れば当然修理車も減るため、自動車修理の会社は仕事が非常に減っているそうです。

他には翻訳関係の仕事をされている方からも、「昔は人間が100パーセント翻訳を手がけていた部分を

今では70パーセントまでAI(人工知能)が担うことができる。人間は残りの30パーセントを

手直しすればいい状況にまでなっている。」とのお話を聞きました。

ゆくゆくは翻訳家の人数も大幅に減るとみられています。

他にもJR赤羽駅には無人のコンビニがあり、客は商品を手に取り店外に出ると

バーコードを勝手に読み込み手持ちのスイカから購入代金が差し引かれる、というのまであります。

AIの発達、進化のスピードは私たちの想像を遥かに超えていています。

私は先日とある楽譜を購入しました。その楽譜にはCDが付属されていまして、楽譜内の曲が

収録されていました。そのCDを聞いたところ中々良い演奏だったので、ピアニスト名が気になり

CDを見てみたところ、なんとAIによる自動演奏でした。

最近の自動演奏は楽譜を読み取りただ音を出すだけでなく、強弱はおろか

人間らしい演奏になるよう自動で調整できるそうです。

ピアノのレッスンの世界でもAIが演奏を聞き、こことここの音が間違っている、と指摘

できるくらいまではなっているそうです。

思うに今後多くの仕事がAIに取って代わるのではないでしょうか?

疲れを知らず24時間働けるAIはコストの面からでも、非常に都合がいいと思います。

AI化していく世の中で私たちはどのように生きていけばいいのでしょうか?

私が思うにAIができる事はAIに任せ、それ以外の部分が人間が担当する等、

AIと共存共栄を目指していくしかないのではと思っております。

これからはより人間らしい人間が生き残れる時代がきていると思います。

感情豊かでクリエイティブな発想や思考ができ、目標達成のために諦めず努力できる、

そんなこれからの世の中を生き抜くために必要な力を身につけるために、ピアノのレッスンが担える事は

まだまだたくさんあるはずです。

伝統ある素晴らしいクラシック音楽を通して、それらを身につけられるお手伝いができたらと思っております。

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